久しぶりに自分の気持ちを言葉として出力したら、すっきりした。

ただ自分1人がすっきりしたとしても何も変わらない。社会は転がり続けている。

 

生まれてから死ぬまでずっと道楽のような人生を送れる人はほんの一握りだ。自分はその一握りではないということにやっと気付いた。

 

くよくよしている暇はないし、悩んでいる時間も勿体無い。

自分も何事もないような顔をして転がらなければならない。

地獄

自信をもって前に進んでいるというのはただの深い思い込みで、実は逃げてるだけだと気付かされたとき、幻想の霧は消えてしまった。

視界は良好になったはずなのに、そこには何もなかった。何も見えなかった。

 

夢が見れなくなった。過去がないからだ。記憶のピースとピースが再構成されるその組み合わせがなかった。

 

忘れたい、という気持ちがある。ただ今の自分はあまりにも無力で蓋を押さえつけるように固く紐で結ぶその力さえない。それは自由に飛び回っている。私はそれから目をそらし続ける。

 

そうしているうちに今日も日が暮れる。夜が来る。

ただ怠さに包まれ、眠りに就く。また、朝が来る。

日記

5月1日

ロボとーちゃん(クレヨンしんちゃんTHE MOVIE)を見に行く。空席を一つ挟んだ隣の席が父と娘の2人組。娘は何でも口に出していってしまうお年頃らしく(3歳くらい?)、にやついてしまいそうな気持ちを必死に抑えながら鑑賞した。秀作という意味でいい映画だった。

 

5月2日

いつの間にか5月。土井善晴のレシピに倣って手づくり餃子。めちゃうまかった…。
 
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日記

4月0日

笑っていいとも、最終回の回想。爆笑問題の田中さんは素敵な方だと改めて思った。TVバラエティ・お笑い界のレジェンドたちが集った場でも緊張することなく自分の持ち味を発揮したこと。そしてタモリさんへのスピーチに際して、いいともの当事者の1人でありながら、客観的かつリスペクト愛のある言葉を贈ったこと。

 

4月1日

新年度ということで近所の神社でお参り。おみくじを引く。ダラダラと適当に引いた結果、末吉。救いようのない内容にヘコみ、もう一度引くことに。直感で目に飛び込んできた1つを選ぶ。結果は大吉。直感を信じる生活を送っていこうと改めて思う。

 

4月17日

ここ最近、天気がいい日はよく外出して公園のベンチでお昼ご飯を食べている。ただ、住む地域の土地柄か天気は晴れていても風が吹いていることが多いので、弁当の白飯がすぐに冷めてしまうことが難点ではあるが。こうした行動をとることになった経緯として、自宅に一人ぼっちでご飯を食べてもおいしく感じなくなったというか、気分が浮かない感じになってしまうことが考えられる。原因はよく分からないが、そうなってしまったものはしょうがない。もしかしたら現実逃避の四文字で片付けられてしまうようなものなのかもしれないが。無心になってただ青い空を眺めるひとときが今の自分にとってはとても心地よい。

【おいしいお弁当メモ】

ほっともっと デミハンバーグ弁当 510円

丼丸 海鮮丼各種 540円

肉のわかば チキンカツ弁当 313円

すき家 旨ポークカレー 454円

ファミリーマート サンドイッチ各種

ただ、毎日外でお弁当を買っていたら食費が破綻してしまうので、今後は自分でおにぎりを握っていこう、と一応ここに書いておく。

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ピカソから7つの助言

1. 必ずできると信じろ

「思いついたことは出来る。思いつかないものは出来ない。これは避けがたく、明白なことだ。」

 

2. 限界を超えろ

「私はいつも自分の出来ないことをする。どうやればいいのかわかるからだ。」

 

3. 「その時」を待つな

「インスピレーションは常に存在する。見つけに行くんだ。」

 

4. 動け

「明日に引き伸ばせば、それは死んでしまう。」

「行動がすべての成功の鍵だ。」

 

5. 正しく問え

「他の人間はなぜそうなったかを問う。私はいつも何ができるのか、なぜできないのかを問う。」

 

6. ジャッジせず、隠された美を見ろ

「我々は脳をブン投げて、ただ目だけで見ることができればいいのだが。」

 

7. 遅すぎるなんてことはない。

「若さと年齢は無関係。」

日記

●3月4日(火)

おとといの夜にBSで見たラッドウィンプスのライブ特番の放送は、自分の中に強く大きな印象を残した。中学生の頃はよく聴いていたラッドウィンプスを高校生になってからほとんど聴かなくなったのは、当時の高校生バンドが多く出演するイベントで、いかにもイケてる雰囲気を醸し出す男子高校生たちによるそれのコピーバンドと、客席にいた彼らのクラスメイトと思わしき女子たちが盛り上がる光景を見た日がきっかけだったのかもしれない、と今振り返って思う。

あの日から、彼らに背中を向ける形で足もとから体全体を180度振り向かせ、少しでも遠ざかるように音楽の歩みを進めてきた気がする。そして6年が経った今、球体のようにぐるりと回って目の前に、正面に現れたラッドウィンプスに不覚にも心を打たれてしまった。本人たちの楽曲、演奏も去ることながら、ある人は顔にタトゥーシールを貼りながら、ある男女は互いの腕を絡ませながら、ある人は"RADWIMPS"と刺繍されたBBキャップを被りながら、ある人は時に涙を浮かべながら、ライブを楽しむ様子に自分は愛しさを感じていた。

そして、もう一度足もとから体全体を180度回らせ、今までの6年間歩いてきた道を振り返ったとき、そこには素直な気持ちでライブを心から楽しめることができる新しい自分がいた。翌日開催されたサークルの卒業ライブ、最終日。過去の斜に構えていた自分を笑い飛ばすかのように楽しんだ。楽しかった。

 

●3月5日(水)

何もしない、ということが一番良くないと改めて感じる。明日に向けて早く寝る。

 

●3月6日(木)

体幹トレーニングの本を購入。最初の方のページの運動をやった感想としては、中学生の頃の部活の準備体操を彷彿とさせる感じで楽しい。いわゆるダイエット効果はあまり期待できなさそうだけど、地味〜に毎日少しずつ続けていきたい。

 

(風邪)

 

●3月9日(日)

ソワソワしてしまうのは自分に自信がないから、そんな時は深呼吸をする。

 

●3月10日(月)

「音楽のある生活は楽しい」は健全だけど、「音楽がないと死んでしまう」は健全じゃないって気付いた。音楽に限らず、インターネット、映画、マンガにも通じる話。

 

 ●3月11日(火)

午後、3年前と同じ足取りを運ぶ。風景と悲しみの反芻。夜、某マシマシ系ラーメン店でめっちゃ辛い味付けにされる。二度と行かないと決意。

 

●3月12日(水)

某サラダ食べ放題系ファミレスにて腹痛と脳貧血を併発。大げさな言い方だけど、死ぬかと思った。寒気を全身に感じる帰り道、薬局でアレグラを購入。三寒四温の向こう側は少しずつ近づいてきている。

 

●3月14日(金)

行動あるのみだ!JUST DO IT!の決意を胸に、寝る。

 

●3月18日(火)

顔が右半分と左半分で別人になっていることに気づいた。

やること

姿勢を良くする / 足を組まない / うつ伏せや横になって寝ない / 顔のマッサージをする

 

●3月19日(水)

人生って寂しいって言ったら負けなゲームだと思う。人間は生きている限り孤独な存在であるって何処かで聞いた話に重ねて。突き詰めて考えると、いま自分が死を迎えようとする瞬間に死にたくないって思ったら負けなんだと思った。

 

●3月1X日

愛に溢れ出していた京都の夜の街と、自由が溢れ出していた札幌の夜の街をふと思い出した。そんな夜を探してる、僕も。

 

●3月1X日

自分にとってツイッターの使い方が変わっていたことに気づいた。今まではその時々の感情をそのままに記録していた。最近は自分の中のネガティブな感情をそのまま載せることがなくなった。1番の大きな理由は、1週間後、1ヶ月後、1年後の自分がツイートを見た時に、そこに笑っている自分がいるかどうかを念頭に置くようになったからだと思う。洒落た表現をすれば、未来の自分へのラブレターを書くことに似ているのかもしれない。

 

●3月22日(土)

大学の卒業式と飲み会。春は別れと出会いの季節。20人弱のこぢんまりとしたあの雰囲気。4月になればまた新しい後輩が入ってきて、また少し雰囲気が変わったりするのかと思うと少しだけ寂しい気持ちになる。ただ、サークルという形のないものが淡々と続いていく嬉しさもある。

 

●3月23日(日)

昼食を食べつつ八橋をぐるっと回るいつものコース。新しく買ったカメラを片手に。なかなか慣れないが、なかなか楽しい。ただ、このカメラは遠景を撮影するには向いてないのかも、と少し思った。景色じゃなくて人を撮影したい、という思いが強くなった。